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エッセイスト・小川奈緒さん連載【だから暮らしはおもしろい】Vol.2   スパイスを取り入れて体の芯からあったかな春

writer 小川奈緒、illustrator 小池高弘

家づくりや暮らしにまつわる多くの著書や、音声メディアvoicyでも人気の文筆家・小川奈緒さんによる、毎日をちょっと楽しく、豊かにしてくれる連載コラム【だから暮らしはおもしろい 】。

毎月第1・3月曜日に更新中です!

小腹の空いた夕方に飲むチャイ

最近のお楽しみといえば、チャイを飲むこと。

お気に入りのチャイ屋さんも見つけたし、入ったカフェのメニューにチャイがあれば、好奇心と取材魂をもって注文する。

外で飲むだけでなく、家でもつくる。といっても、まだ初心者なので、スパイスはホールではなく、手軽なパウダーを使う。

小鍋にお湯を沸かし、アッサムやセイロンの茶葉を入れて濃く煮出したら、スパイスをその日の気分で入れる。必ず入れるのは、シナモン、カルダモン、ジンジャー、あとはクローブを少々。火にかけながらゆっくりかきまぜて香りを楽しみ、最後にミルクと甘みを加える。

ミルクは豆乳が好みだ。牛乳よりもサラッとしていて、しかも水で割っているから、夕方に飲んでもお腹にもたれない。紅茶、スパイス、ミルクが溶け合った褐色の液体を、小鍋から茶漉しを使ってカップに注いで、完成。

細胞まで熱を届けてくれるような感覚

チャイの魅力に開眼したのは、昨年末のとびきり寒い日の夕方だった。

小雪がちらつくほどの寒さのなか、外の移動が多く、体の芯まで冷え切っていた。

以前なら「あぁ、熱燗が飲みたい」とつぶやいていたかもしれないけれど、50歳を機にお酒をやめたわたしにとって、そのとき飲みたいものは、もちろんそれではなかった。

あったかいスープ? でも、帰ったら夕食づくりが待っている。

コーヒー? ココア? うーん、それもいいけど……

思いをめぐらせながら歩いていると、ふと、チャイ屋さんの看板が目の前に現れたのだった。

まるで映画みたいに、できすぎ、ってくらいのタイミングだった。

そう、チャイ!まさしくこれ!と吸い寄せられるようにお店に入り、ストーブの前に座って飲んだ一杯の感動が忘れられない。

その液体は、喉から食道へと伝いながら、体の細胞すみずみへと、じんわりと熱を届けてくれた。

おなか、指先、足先までもがゆっくりと熱を取り戻し、体全体が内側からぽかぽかしてくる感覚。

きっとコーヒーやココアでは得られなかった気がする。「スパイスってすごい」と、身を持って感じた日だった。

お味噌汁にもお菓子にも

わが家は、足元から冷え込む古い木造家屋で、春の訪れが毎年、遅い。

ストーブをしまえるのはゴールデンウィークあたりで、4月といえば、庭の植木は順番に花を咲かせるものの、室内はなかなかあたたかくならず、冬がいつまでもしつこく居座る。

そんな家に暮らしているものだから、まだまだチャイには飽きていないし、このブームは季節関係なく、しばらく続く気がしている。今使っているパウダーのスパイスが切れたら、次はホールスパイスとすり鉢に手を伸ばすかもしれない。

チャイだけでなく、お味噌汁にターメリックを振り入れてカレー味にしたり、自分で焼くクッキーにもスパイスを数種類混ぜたり。味にぐっと深みが出て、体が温まるのがよくわかる。

ちょっと前までとは比べものにならないくらい、スパイスが身近な日々。

たった数百円の小瓶をいくつか買い揃えるだけで、いつものごはんやおやつにこれほど新鮮な風が吹くなんて。

あの寒い日の夕方に飲んだチャイは、運命的な一杯だったようだ。

作家プロフィール

小川奈緒(おがわなお)

エッセイスト、編集者

築47年の縁側つき和風住宅に暮らしながら、イラストレーターの夫・小池高弘と中学生の娘と暮らす。最新刊『すこやかなほうへ 今とこれからの暮らし方』(集英社)、近著『ただいま見直し中』(技術評論社)など著書多数。instagram:@nao_tabletalk

小池高弘(こいけたかひろ)

イラストレーター

のびやかで抜け感のある線画で、書籍や雑誌の挿画、オーダー作品などを手掛ける。小川奈緒との夫婦作品に『心地よさのありか』(パイ インターナショナル)、『家がおしえてくれること』(KADOKAWA)などがある。instagram:@takahiro_tabletalk

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