読み物
エッセイスト・小川奈緒さん連載【だから暮らしはおもしろい】vol.18 大人のおしゃれに必要なのはアイテムより印象
writer 小川奈緒、illustrator 小池高弘
家づくりや暮らしにまつわる多くの書籍を手がけ、音声メディアVoicyでも人気のエッセイスト・小川奈緒さんによる、毎日をちょっと楽しく、豊かにしてくれる連載コラム【だから暮らしはおもしろい 】。
毎月第1・3月曜日に更新中です!
人生のステージが変わるたびにむずかしくなる
おしゃれは、少し肌寒いくらいの季節が楽しい。
暑さや寒さがピークの時季は、気候に対応することで精一杯になってしまうけれど、純粋に、新しいこのアイテムをまとって街を歩きたい、人に会いたいという気分になれる季節は、普段はずっと家にいるわたしでも、やっぱりおしゃれをして外に出たくなる。
女性は、40歳前後からおしゃれに悩み出す人が多いけれど、わたしもそうだった。
子育てが始まって、仕事以外の目的で人と会ったり、または年齢とキャリアを重ねることで、仕事相手も変化したり。そのたびに、これまで着ていた服がどれもそぐわないような気がして、自信を持って服が着られなくなるのだ。
手持ちの服やコーディネートに対する自信のなさに加えて、肌や体型の加齢から起こる自信喪失も加わり、かつてはただ楽しかったおしゃれが、むずかしいのに解けない、でも逃げられない宿題のようなものになってしまう。
その場にふさわしい「自分像」をまず決める
そんなわたしは、50代に入り、40代のころよりはおしゃれに悩んでいない。
悩みのトンネルを完全に抜けたかというと、そうも言い切れないけれど、宿題の難易度が少し下がったように感じながら、問題に取り組めている。
そこには、自分なりのおしゃれの指針を決めたことが大きい。
かつては、おしゃれとは「何を着るか」を意味するものだった。
でも今は、「どんな自分に見られたいか」を決めて、そこに服や小物を当てはめていく行為だと思っている。「どんな自分に見られたいか」は、「どんな自分でありたいか」と等しい。
また、それは場によって変化する。
仕事でもプライベートでも、周囲になじみたい場面、注目を集めたい場面、会う相手に合わせたいことも、むしろ対比させた方がおもしろいこともあり、そのときどきで意図する自分の立ち位置も変わる。
状況や場に応じて、こうありたい、こうなりたい、という自分像を明確にして、それを基準に服を選んでいくと、悩みの森にさほど深く迷い込むこともなくなったし、まわりがきちんとしているのに自分だけカジュアルすぎたのではないか、逆に、もっとラフでもよかったか……などと居心地が悪くなるようなことも減った。
おさえどころは美しいコートと何足かの靴
とはいえTPOに合わせて違う服を揃える必要はなく、印象を決めるアイテムを変化させれば事は足りる。
たとえば、服は黒いニットにグレーのテーパードパンツだとして、足元がスニーカーか革靴かで、全身の印象はまったく違う。 革靴も、バレエシューズ、ハイヒール、ローファーかブーツかで、テイストががらりと変わる。
だから今は、コーディネートを決めるときはまず靴を最初に選んでいる。
逆に、靴が決まると、それとバランスのいいボトム、それに似合うトップス……と組み合わせがすんなりと決まっていきやすい。だからまずは靴のバリエーションをそろえたいところだけど、わたし自身はもはや高いヒールやパンプスははく必要がないと思っているから、メンズライクなシューズを黒、白、コンビ、と揃え、あとはブーツとスニーカーを1足ずつ持っているだけ。ここまでしぼりこんだほうが、おしゃれに迷わないし、微妙な失敗もなくなったと感じる。
あとは、大人にとっての強い味方が、シルエットのきれいなコート。
わたしは身長が高いけれど、あえてもっと背が高く見えるロング丈のコートが好きだ。
なぜなら、歩くたびに生地が揺れて、実際より身のこなしがゆったりと流れるように見える効果があるから。
肌を多く露出したり、反対に体を覆い隠したりするのではなく、大人としておしゃれを楽しむ颯爽とした姿が魅力的だと思う。
そのために、古びて見える服は着ない。服が似合う体でいるために運動をする。
そんなふうに方針が明確になった今は、ますますおしゃれが楽しい。
作家プロフィール
小川奈緒(おがわなお)
エッセイスト、編集者
築47年の縁側つき和風住宅に暮らしながら、イラストレーターの夫・小池高弘と中学生の娘と暮らす。最新刊『すこやかなほうへ 今とこれからの暮らし方』(集英社)、近著『ただいま見直し中』(技術評論社)など著書多数。instagram:@nao_tabletalk
小池高弘(こいけたかひろ)
イラストレーター
のびやかで抜け感のある線画で、書籍や雑誌の挿画、オーダー作品などを手掛ける。小川奈緒との夫婦作品に『心地よさのありか』(パイ インターナショナル)、『家がおしえてくれること』(KADOKAWA)などがある。instagram:@takahiro_tabletalk