読み物
エッセイスト・小川奈緒さん連載【だから暮らしはおもしろい】Vol.25 防災しながら暮らす意識
writer 小川奈緒、illustrator 小池高弘
家づくりや暮らしにまつわる多くの書籍を手がけ、noteや音声メディアVoicyでも人気のエッセイスト・小川奈緒さんによる、毎日をちょっと楽しく、豊かにしてくれる連載コラム【だから暮らしはおもしろい 】。
毎月第1・3月曜日に更新中です!
東日本大震災をきっかけに変わったこと
今年は元旦から北陸地方を中心に大きな地震が起こったことで、お正月気分のかわりに、防災への意識をみんなで引き締め直した、複雑なムードの幕開けとなった。
わたしが本格的に防災について考え、備えるようになったのは、東日本大震災がきっかけだった。
2011年3月11日の午後、地震発生時は東京都内で地下鉄に乗っていて、急停車した電車から地上へ出ると、すぐ大きめの余震があり、渋谷区の大通りがまるでカーペットのように波打つのを目の当たりにした。
自宅のある千葉に帰る電車が早々に運休となってしまったことで、そのまま渋谷駅前のホテルのラウンジで一夜を明かすことになった。
翌日、なんとか徒歩と電車で家まで辿り着いたが、帰宅難民の経験から、いざとなったら歩いて家に帰れる靴しか履かない、と方針を決め、ヒールの靴はほとんど処分した。
モバイルバッテリーや小銭、緊急連絡先などを入れた非常用ポーチを持って出かけるのも習慣化し、それは今でも続いているけれど、今回の地震で久しぶりに中身を点検してみると、リストに書いてあるパスポートやクレジットカード番号の修正が必要だったりして、常に防災意識を引き締め続けていることのむずかしさを痛感した。
冷静にシミュレーションして今できることをやる
それでも携帯用ポーチの見直しは、短い時間でサクッとできるからまだいい。
とにかく気分も腰も重いのが、自宅に置いている防災用品の点検だ。
東日本大震災、その後の熊本地震をきっかけに、停電や断水、最悪の場合は野外での避難生活までを想定した道具を、できる限り揃えた。
そうした道具は、年月が経ったところでいつの間にか壊れているといったことはないけれど、食品や水は賞味期限があるし、そのチェックや買い替えの作業も含めて、いずれにしても心躍るものではない。
それでもなんとか腰を上げて取り組み、今やれることは全てやった、と思えるところまで作業を終えると、だいぶスッキリした。
いつ何が、どんなレベルで起こるか、誰にもわからないのが災害であり、これだけやっていれば絶対安心、なんてことはない。
それでも、各々が想像力をフル稼働させながら、もしもの事態に備えて、やれるかぎりのことをやっておく。
被災地のニュースに暗く沈むばかりではなく、自分の身に起きたとしたら、と考えながら、冷静に頭と手を動かす。
過去の震災のたびに、そうやって道具を買い揃えてきたことを思えば、やはり今も、何らか前向きな行動につなげるべきなのだと思う。
人生や生き方についても考える機会に
思えば、忙しく働いてたくさん稼ぐ生き方より、家で好きな仕事をしながら家族と生きていきたいと決めたのも、東日本大震災の直後だった。
人生はいつ何が起こるかわからない。
だったら、いつ寿命を迎えても後悔のない生き方をしようと、13年前、30代の終わりを迎えていたわたしはまっすぐに思った。
とはいえ、その後は働き方の縮小による収入減や、著作が思うように売れないといった現実の厳しさに凹むことはたびたびあったし、今だってある。
そんなときは、地震が起こった日、心細い思いで過ごした渋谷での夜のことを思い出して、この生き方は自分で決めたことなのだと、迷いを振り切る。
災害なんて避けられるものなら避けたい。でも、その試練から得られるものもきっとある。
どこにも安全な場所なんてない日本に暮らすわたしたちは、そんな覚悟を持って、悲観にも楽観にも偏らずに、淡々と、今できることをして生きていくしかないのだ。
作家プロフィール
小川奈緒(おがわなお)
エッセイスト、編集者
築47年の縁側つき和風住宅に暮らしながら、イラストレーターの夫・小池高弘と中学生の娘と暮らす。最新刊『すこやかなほうへ 今とこれからの暮らし方』(集英社)、近著『ただいま見直し中』(技術評論社)など著書多数。instagram:@nao_tabletalk
小池高弘(こいけたかひろ)
イラストレーター
のびやかで抜け感のある線画で、書籍や雑誌の挿画、オーダー作品などを手掛ける。小川奈緒との夫婦作品に『心地よさのありか』(パイ インターナショナル)、『家がおしえてくれること』(KADOKAWA)などがある。instagram:@takahiro_tabletalk