読み物
【小さなベランダ&庭のある暮らし】第8回 写真家・砂原文さん/緑の風景を、自分たちで育てる。
writer 石川理恵
人それぞれの「自然とのつながり」をテーマに、この連載ではベランダや庭のあるお家を訪ねます。
第8回目にお話をうかがったのは、神奈川県葉山町に家族で移り住んだ写真家の砂原文さん。
同じく写真家である夫の大森忠明さんとともに、植物を育てながら新しい家に馴染んでいく様子を取材しました。
暮らしに木漏れ日を
「この間、ちょっぴり落ち込むことがあって。でも、お天気がよかったから、デッキに出て写真を撮りはじめたら、バッタやミツバチが寄って来てくれたんですよ。かわいかったし、励まされたみたいでうれしくて、一瞬で気分が変わりました」
そんな時、砂原さんは自然っていいなあと思うのだそうです。
海と山に囲まれた葉山町に、家族で引っ越してきたのは2021年のことでした。長年住んだ東京の古い一軒家を離れての新生活は、実は馴染むまでに少し時間がかかったと振り返ります。
「前に住んでいた東京の家には庭があって、お隣の木々も借景できました。でも、この葉山の家は当初、リビングの向こうは砂利が敷いてあるだけで、窓を開けると道路が丸見えという環境でした。木漏れ日がないから、家にいても何だか息詰まるんです」
写真家という仕事柄もあって、どんな光のもとにいるのか、そのやわらかさやゆらぎのようなものを感じられるかどうかは、砂原さんにとっておいしい空気が吸えるかどうかと同じぐらいに大切なこと。
家に差し込む光の量は変えられないけれど、せめて目に見える風景を緑でいっぱいにしたくて、いちばん長い時間を過ごすリビングに面してデッキを造り、囲むように木々を植えたのでした。
生きものはみんな家族
デッキの周りの植物たちはのびのびと葉を広げ、願った通りに窓の外の景色を変えてくれました。
「大森は、植物を育てるのがすごく上手なんです」と、感心したように話す砂原さん。そもそも大森さんのお母さんがグリーンハンドの持ち主で、元気のなくなった植物を預けると、生き生きとした姿で返してくれるそうです。その手を継いだ大森さんが、部屋の中の観葉植物の面倒をおもに見ています。
「このゴムの木は、イケアのすみっこでほとんど棒みたくなって、値引きされていたんですよ。これ、買おうぜって、残っていた2鉢を連れて帰りました」と大森さん。
そういえば、ふたりの愛猫ロンは、旅先の与論島で拾った子。ようちゃんは、ロンのごはんを買いに行くペットショップでなかなか売れずに、値引きされていた子でした。猫も植物も、みんなで一緒に幸せになろう! 砂原さんのお家からは、そんな明るいかけ声が聞こえてきそうな気がします。
自然の力を借りること
「私は種が好きなんです。種って不思議ですよね。小さな粒の中に、植物の生命のすべての情報がつまっている。以前、マヤ暦の占いをしたら、私は『黄色い種』の人だと言われて、すごくしっくりきました。いつも本当のことが知りたい、納得するまで考えたい人だそうで、確かにそうだなと思います」
自然は時に、何かのヒントをくれたり、力を授けてくれたり。自分自身も、自然の一部であるという感覚を持ちながら暮らしたくて、葉山町に引っ越してきた砂原さん家族。
先日、友人に誘われて、地域のマルシェに出店したそうです。せっかくだからいつもと違うこと、自分たちらしいことをしようと、砂原さんは大森さんの実家の夏みかんを使って手作りのドリンクを出し、大森さんはオリジナルの植木鉢で自分の育てた観葉植物を販売しました。
この家や土地とのつながりを、身近な自然がゆるやかに媒介する中で、3年目の葉山暮らしを楽しんでいます。
撮影/大森忠明、砂原文
取材・文/石川理恵
取材・協力
砂原文(すなはらあや)
写真家
フリーランスのフォトグラファーとして、ライフスタイル誌や書籍などで活躍中。同業者の夫、小学生の娘、猫と暮らす。モロカイ島の光を集めた写真集『pili』があるほか、ギャラリーでの個展開催時などにフォトアクリル作品を販売している。Instagram:@trans_parence721
作家プロフィール
石川理恵(いしかわりえ)
編集者・ライター
雑誌や書籍でインタビューを手がける。著書に『時代の変わり目をやわらかく生きる』(技術評論社)、『自分に還る 50 代の暮らしと仕事』(PHP 研究所)他。東京・豊島区のアパートの一室に、小さな週末本屋をオープン。instagram:@rie_hiyocomame