読み物
【小さなベランダ&庭のある暮らし】第10回 画家・伊藤眸さん、デザイナー・柴山修平さん/街の屋上にて、農的な暮らしを実験中。
writer 石川理恵
人それぞれの「自然とのつながり」をテーマに、この連載ではベランダや庭のあるお家を訪ねます。
第10回目は、東京・足立区の河川敷の近くで、書籍と道具の店「Zelt Bookstore(ツェルト ブックストア)」をオープンした夫婦を取材。
屋上で野菜を育て、1階で店を営む暮らしをのぞいてきました。
3年目にして、夏野菜が収穫できるように
2020年春、自由にDIYできる一軒家を借りたふたりが、最初に手をつけたのは屋上でした。作物を育てるために、コンテナを置いて土を運び込み、種を蒔いて苗を植えて……。
「区民農園の抽選に外れてしまい、屋上を使うしかなく、部屋もまだ片づいていないうちから土いじりをしていました。でも、ぜんぜん育たなかったんですよね。トマトなんて実がなったのはほんのひと房。プランターの場合は、畑や地植えと同じように考えてはダメなんだと、そこからいろいろ調べはじめました」と伊藤さん。
翌シーズンは、液体肥料を取り入れたおかげでたくさんのトマトが実ったものの、鳥に食べられてしまいました。ようやく収穫ができるようになったのは、3年目からのこと。4年目となる今年は、トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、シソなどが育ち、ふたり暮らしの食卓を満たすくらいの量に。
仕事の前に、屋上で土に触れる
「僕は一回だけの収穫ではなく、次々採れるようなものを育てるのが好きです」と柴山さん。春はスナップエンドウなどの豆類、夏はオクラ、冬はシュンギクがそういった類です。とくに豆は、秋に種を蒔いて越冬させると育ちがいいのだとか。失敗続きだった1年目も豆類だけは収穫ができて、くじけそうな心を励ましてくれました。
朝起きて、犬の散歩、ストレッチ、朝ごはんをすませたら、8時ごろから屋上へ。真夏以外は、1時間半ほど農作業をしてから一日がはじまります。端境期は土のリフレッシュをしたり、成長期はネットをかけたり、することはいっぱいあると伊藤さんは話します。
「肥料は使っても、農薬は使いたくないから、作物が虫に食べられてしまうことはよくあります。たとえばトマトは、まだ実が青いうちに虫にかじられて、ぽろりと落ちていたり。もったいないから拾ってキッチンで追熟させているんです。今はもう、虫が食べ残したものを食べればいいや、くらいの気持ちになりました(笑)」
自然につながることは、自分の力で生きること
屋上菜園は手間もコストもかかるし、うまくいかないことがいっぱいです。けれども、農家に育った伊藤さんと、山形で畑を耕していた柴山さんにとって、野菜は育てたり分け合ったりするものという感覚があります。何より「自分が食べるものを自分で作れたほうが喜びがある」と柴山さん。
「楽しそうな人は自分の力で生きている。山形に暮らしていた頃にそう感じました。雪が降ったらスノーシューズを履いて山に入る。春には食べられる山菜を採りにいく。自然のなかで遊ぶことができたり、ものの出所やどう作られているかをわかっていたりするほうが、おもしろいですよね」
ふたりは先月、書籍と道具の店「Zelt Bookstore」を自宅の1階にオープンしたばかり。小さな空間にセレクトしているのは、そういった「生きる力」につながるような本や道具です。日々、屋上で野菜を育て、週末は店を開く。この土地で受けられる恩恵に目を向けて、暮らしと仕事をひと続きに組み立てています。
撮影/川しまゆうこ
取材・文/石川理恵
取材・協力
伊藤眸(いとうひとみ)・柴山修平(しばやましゅうへい)
「Zelt Bookstore」オーナー
東京・足立区にて、週末に書籍と道具の店「Zelt Bookstore」を営む。ほか、伊藤さんは画家。柴山さんは山形の天童木工でのデザイナーを経て、現在はデザインオフィスZeltを運営し、内装設計、webデザインに携わる。Instagram:@zelt_info
作家プロフィール
石川理恵(いしかわりえ)
編集者・ライター
雑誌や書籍でインタビューを手がける。著書に『時代の変わり目をやわらかく生きる』(技術評論社)、『自分に還る 50 代の暮らしと仕事』(PHP 研究所)他。東京・豊島区のアパートの一室に、小さな週末本屋をオープン。instagram:@rie_hiyocomame