読み物

vol.10 リトルハピネス

リビングで朝の紅茶を淹れていたら、

「そういえば」

と、そんな言葉が口から出た。思い立ち、美容室に確認の電話を入れると、たまたま今日は空きがでたとの朗報。
「なら、帰りにあそこにも行こう」
前々から行きたいと思っていたカフェがあって、
「そこで、レモンケーキとホットのラテひとつ」
そうして、カフェの壁ガラスごしに外を行き交うひとびとを、眺めていたいと思った。
さらに、ふと思う。

そういえば、眼鏡も新しくしたいんだった。
そういえば、新しい夏物も買わないと。
そういえば、ネットで見かけた黒のノースリーブのプルオーバー、まだあるかな。
そういえば――。

カフェに着き、目に留まった席へと腰を下ろした。そっと口にしたホットラテは、思いのほか熱くて舌が出る。
「次はアイスのソイラテかな……」
そのとき、外のテラスサイドに影が降りた。テラスで雑談するひとらのなびく髪や袖や裾に、たしかな風を感じる。
音もなく、穏やかに。
なら、もうしばらくは。
「ホットでいいのかも、なんてね」
夏の入り口で、選ぶことを楽しめる。
そんな小さなしあわせを、「そういえば」が呼んでくれた。

作家プロフィール
ななくさつゆり/小説家・ライター
眺めるように読める詩や小説、読む人のこころにふれる、情景が浮かぶようなストーリーを作る。

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