読み物

vol.17 ブラウスに夕陽の波を立たせて

ベランダの向こうから、西日が床伝いに近寄ってきていた。

音もなく、こちらを覗き込むようにして、オレンジ色の光が差し込まれる。

目を細めて向こうを見たとき、手元においたグラスの中で、溶けた氷がからんと鳴った。ジンジャーエールを注いだときにくっついた氷同士の継ぎ目が、西日ではじけたみたい。

つられてベランダに出て、手すりに寄りかかって西日を浴びていると、風に乗って外の音が流れてきた。

虫のさざめき。
眼下を突っ切っていく配送車の音。
挨拶を交わして家路を辿る人たちの声。

夕暮れ時の賑わいが、私の抱く夏らしさをさらにかきたててくれる。
それから、グラスを耳元に寄せた。
目を閉じて耳をすますと、炭酸の泡が踊る音と、揺すられる氷の音とが交互に響く。
それはなんとも涼しげで、夕暮れどきの蒸したぬるい空気の中でとても心地よかった。

目を開けた先にある空は、薄紫に白が混じったような色合い。
「もうしばらくは、明るいままかな」

今日着ているのは白のリネンブラウス。ボタンつきのふんわりと着られるプルオーバー。そこに、空から降る夕陽の色が乗っていた。風合いのいい生地の上で、西日のオレンジと日が当たらない影とが交互に波打っている。

私は寄りかかったまま、胸元で前立ての端っこに中指の背をさしこんだ。それから人差し指ではさみ、小さくはためかせる。そうすると、胸元に淡い波が立って涼しかった。夕陽が山間に吸い込まれていくさまを静かに眺めつつ、ささやかな涼をとる。

外はそれなりに暑さも騒がしさもあった。それでも穏やかな風そよぐ、夏の夕暮れ。

作家プロフィール
ななくさつゆり/小説家・ライター
眺めるように読める詩や小説、読む人のこころにふれる、情景が浮かぶようなストーリーを作る。

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