読み物

vol.18 夏風になびく。旅のスカート

電車の窓ごしに、晴れ渡る空と内海を眺めつつ、鉄道に揺られて西へ。

シートを伝ってくる車両の振動が、からだになじんでくる。

がらんとして日射しだけがある電車の中で、車輪がレールを噛んで走る音が私の鼓膜を打つ。

タタタン、タタタン。

予定を前倒しての里帰りだったからか、乗客は私だけだった。

足下を見ると、床に窓枠の形で陽だまりができている。それは正方形からひしがたへと音もなく形を変えていき、徐々に細くなって、風にさらわれるように消えた。しばらくすると、また窓の形を抜いた陽だまりができて、その様子をひとしきり眺めてから、また海を見る。

それだけのひととき。
やすらいでいられる旅の道のり。

しばらくすると、鉄道の走行音が少しずつ低く鈍く、振動もゆっくりとしたものになる。

――見えてきた。

去年の今頃、以来だろうか。

ふるさと。

むきだしの駅のホームに止まったところで、旅行鞄のうえに手提げの編みかごバッグを乗せた。

荷物を手に取って立ち上がれば、スカートの裾は弱冷房車の空気になびいてゆれる。シワ加工がされたコットンリネンのスカート。くしゃっとした風合いが好きで、鞄を引くときも気持ち歩幅を大きくして歩ける。

電車のドアを抜けると、ふるさとの匂いがした。
改札を出ると、蝉が木陰で幹にはりついて鳴いている。
住宅街の塀に挟まれた脇道を歩けば、風鈴の音が聞こえた。

アスファルトの端々のひび割れについ視線をやると、その奥に苔むした石積の小さな川が流れている。連なる一軒家の間を縫うように、せせらぎの音を添えて。

しばらく歩いて集会所のそばを通り過ぎると、流しそうめんを楽しむ家族を見かけた。

てっぺんからそうめんを流していた眼鏡の男性は、半袖のシャツにハーフパンツで、首にタオルをまき、額に汗をためている。そこにいた彼らは、まとわりつく暑さの中で、時折日陰で涼みながら、自然体でやすらいでいて、夏を満喫していた。

ふと、この時期に嗅いだことのある匂いが、風鈴の音と一緒に運ばれてくる。

「この匂い……」

通りがかった家の縁側を見ると、小さな皿の上で煙の立つ麻の枝がひと山。

「あ、オガラ」

あわせて、白い綿の肌着にうちわで扇ぐ、ラフな格好を目にする。縁側でオガラを焚く様子を見て、ほおがゆるんだ。
ああ、この匂いだったんだ。
盆提灯が下がる実家の門扉を抜け、玄関をくぐると蚊取り線香の匂いと一緒に実家の涼やかな空気が出迎えてくれた。

「ただいま」

誰ともなしに声をかけると、

「あら、おかえり」

と奥から声が返ってくる。

パタパタパタ。

と、床を擦るスリッパの音。

「早かったわね」

「空いてたから」

石畳の玄関、木の上がり口、梁に障子に、なんと固定電話はまだ黒電話。
ともあれ、鞄を運ばなきゃと思って、靴を脱ぎ、足を上げる。

「あー、涼しい。疲れた」

自然にそんな言葉が出て、思う。

ああ、帰ってきたんだな。

作家プロフィール
ななくさつゆり/小説家・ライター
眺めるように読める詩や小説、情景が浮かぶようなストーリーを作る。

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