読み物

vol.19 ふわりと肩にのせる

高台から見ようよ。

そうねだられて、とっぷり日が暮れたというのに、車を出して近くの公園へ。

「展望台はひとが多そう。駐車場の端っこがイイね」

と、うねる上り坂をゆく道すがら、助手席の彼女がつぶやいた。
ハンドルを握る私のとなりで、暗がりに溶けつつあったグレージュの半袖シャツが、白い電灯の光を浴びて浮かびあがる。横目で見たついでに目にした沿道のアザミが、やけに印象に残った。

駐車場に着いてエンジンを切ると、車内は一瞬だけ、音が止んで詰まるような静けさに包まれる。
彼女はドアを開け、白いブラウスのえりぐりをやんわりと掴んで外に出た。
車の施錠を済ませた私は、一足先に奥へと向かう彼女の方に向き直す。ざらりと擦る音を鳴らしたはずみに、高台にひそんでいだ虫たちのさざめきが、私の耳をくすぐりだした。

彼女の手には、リネンブラウス。
えりの両端を軽く握ったと思ったら、後ろに回して肩に掛けようとする。

ブラウスがふわりと持ち上がった。
月明りを照り返すかのようだった。
奥深い藍色の空の下で、白い生地がか細く空を切り、光の粒がはねている。
肩に乗った白いブラウスは、視界の中心で夜を支えていた……。

ふいに、彼女は肩の白を揺らしてこちらに振り返り、笑いかけて言う。
「もしかして私、格好つけてる?」
「ん、自然だよ」
「そう? まァ、いまくらいはゆるして」
そう言ってもういちど前を向いたとき、夜空に大きなアザミが光って咲いた。
火薬のはぜる音が鳴る。鼓膜をつこうとする。
でも、私はアザミではなく、それに照らされる彼女の仕草に目を向けたくなった。

空のアザミは赤、銀、緑と咲いて、夜に光を散らす。
私は、そんなアザミを見上げる彼女のあざやかな白い背中を、ただただ、じっと見つめていた。
次々と咲くアザミの音を、忘れてしまうくらいに、じっと。

作家プロフィール
ななくさつゆり/小説家・ライター
眺めるように読める詩や小説、情景が浮かぶようなストーリーを作る。

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