読み物
エッセイスト・小川奈緒さん連載【だから暮らしはおもしろい】vol.12 絵本がくれる「大人がちょっとだけ立ち止まる時間」
writer 小川奈緒、illustrator 小池高弘
家づくりや暮らしにまつわる多くの書籍を手がけ、音声メディアVoicyでも人気のエッセイスト・小川奈緒さんによる、毎日をちょっと楽しく、豊かにしてくれる連載コラム【だから暮らしはおもしろい 】。
毎月第1・3月曜日に更新中です!
子育てとは関係なく絵本を読んでみる
「絵本は子どもが読むもの」「大人が子どもに与え、読み聞かせてやるもの」。
そんなイメージにとらわれていると、人生、ちょっと損をするかもしれない。
などと書いておきながら、わたしはいわゆる「絵本好き」ではなく、親から熱心に読み聞かせをしてもらった思い出も、自ら夢中で読んだ幼少期の記憶も持たない。
夫が絵本作家を育成する塾の出身で、大量に絵本を所有していることから、大人になってはじめて、絵本の魅力を知ったのだった。
大人であっても、絵本をめくることで得られる感動と、心が震える瞬間がある。
子育てが終わっても、あるいは、子育てとは切り離して、自分のために絵本を読むことを、これから先の人生で続けていきたい。
豊かな時間が流れる絵本の読書会
自宅で開催するワークショップとして、夫がガイド役として絵本の選び方や読み方を指南する講座を行なっている。
あえて子どもは抜きで、大人だけで絵本を味わう時間。
とくに、参加者さんが持ち寄ったお気に入りの絵本を順番に紹介しあう読書会の時間が、毎回とても楽しみだ。
誰かの価値観を通して語られる本の魅力、その一冊にまつわる個人的なストーリーに、みんなで耳をかたむける。
こうした読書会は、もちろん小説や他のジャンルの本でも行えるけれど、絵本は、時間がない人にも、読むのが遅い人にも、やさしい。
誰かの紹介を聞いて読んでみたくなったら、帰り道に本屋さんに寄ったり、次の休日に図書館で探したりして、すぐに読むことができる。
なのに、本を閉じて胸に広がる余韻は、長くて深い。
忙しい大人こそ絵本を読んだらいいのだと、このワークショップのたびに思う。
正解のなさが与えてくれるもの
理屈っぽいわたしは、なぜ大人に絵本がいいのかを分析して、もう一歩踏み込んで言語化してみる。
一つは、多くの絵本には「わかりやすい答え」が書かれていないこと。読み手が最後のページをめくり、浮かんできた感情がすべて。
そこに解釈の正解も、間違いもない。感想を人とあわせる必要もない。むしろ、みんな違っていていい。
時間をかけて、ゆっくり、ゆっくり、絵本から受け取った「何か」を自分の内に沁み込ませていく。
これは、日々さまざまなジャッジに追われるわたしたちには、とてもありがたいことで、つい忘れがちな「自分の感覚がいちばん大切」ということを思い出させてもくれる。
もう一つは、うまく言葉にできない思いを、絵本がやさしくすくい上げてくれること。それを誰かに贈れば、絵本がその思いを相手に届けてくれること。
他にもたくさんあると思うけれど、それすら、もちろん人それぞれだ。
一人一人の「だから絵本はいい」という理由がきっとある。
頭で考えすぎず、ただ心の動くままに、選び、めくり、余韻に浸る。
わかりやすさやスピード感に価値を置かれ、その中でくるくると目まぐるしく生きるわたしたちに、絵本は、ちょっとだけ立ち止まる時間を与えてくれる。
作家プロフィール
小川奈緒(おがわなお)
エッセイスト、編集者
築47年の縁側つき和風住宅に暮らしながら、イラストレーターの夫・小池高弘と中学生の娘と暮らす。最新刊『すこやかなほうへ 今とこれからの暮らし方』(集英社)、近著『ただいま見直し中』(技術評論社)など著書多数。instagram:@nao_tabletalk
小池高弘(こいけたかひろ)
イラストレーター
のびやかで抜け感のある線画で、書籍や雑誌の挿画、オーダー作品などを手掛ける。小川奈緒との夫婦作品に『心地よさのありか』(パイ インターナショナル)、『家がおしえてくれること』(KADOKAWA)などがある。instagram:@takahiro_tabletalk