読み物

エッセイスト・小川奈緒さん連載【だから暮らしはおもしろい】Vol.5   樹木がイキイキ育つ庭で暮らしのヒントを見つける

writer 小川奈緒、illustrator 小池高弘

家づくりや暮らしにまつわる多くの著書や、音声メディアVoicyでも人気のエッセイスト・小川奈緒さんによる、毎日をちょっと楽しく、豊かにしてくれる連載コラム【だから暮らしはおもしろい 】。

毎月第1・3月曜日に更新中です!

庭木が密集した和風庭園を自分らしい庭へ

13年前、中古物件として住み継いだ当時のわが家の庭は、正統派の和風庭園だった。

ツゲやジンチョウゲ、キンモクセイ、ツバキといった、昭和の庭ではおなじみだった植木の間を、敷石に沿って回遊するようなつくりで、シンボルツリーの梅の足元には、灯籠まで置いてあった。

越してきて3ヶ月後に東日本大震災が起こり、まだ娘が2歳だったこともあって、まず灯籠を撤去した。また、せっかくなら子どもが走り回れる芝生の庭にしようと、植木もずいぶん整理した。庭の中で移植したものもあれば、伐採したものもあり、造園業者と相談しながら、自分たちの暮らし方に合う庭へと生まれ変わらせた。

そうしてずいぶんさっぱりした庭で、わたしは新しい植物を植え、草むしりもして、素人なりに愛情をもって手入れを続けてきた。

わたしが愛する家には、この庭がしっかりと含まれている。

庭作業は暑かったり寒かったり、蚊に食われたり、服や爪が汚れたりと、ラクではない。けれど手をかけた分、庭はその美しい風景で、労力以上のごほうびを返してくれる。

数をしぼって風通しをよくする

声こそ発さないものの、庭が生きていることを実感するのは、ちょっと目を離した隙に元気がなくなったり、それに気づいてケアをすると、また元気が復活したりするときだ。

長く住んでいると、庭木も成長する。

緑豊かで気持ちいいな、なんて思っていたら、あっという間に育ち過ぎて、木の枝と枝が干渉し合って窮屈そう、なんてことが起こる。

枝の剪定で解決することもあるけれど、実は土の下でも根を張り合い、栄養を十分に吸収できなくなっているケースもある。そんなときは、どちらかを残して、どちらかを撤去する。かわいそうな気もするけれど、長期的に見れば、そして人間に置きかえてみても、それがベターだということがだんだんわかってきた。

実際、窮屈そうだった一角から、1本取り除くと、土に残った周辺の木々は、葉がイキイキしたり、花の咲きもよかったりと、みるみる元気になっていく。

混み合っていた場所に風が通り、手足をのびのびと広げて呼吸できるのだから当然で、やっぱり生命としてのエネルギーを高めるには、そういう環境に身を置くことが大切なんだということを、植物の姿から学ぶ。

暮らしも仕事も、量をしぼって質を上げたい

庭がある家に住んでよかったと思うのは、こんなふうに、言葉をもたない植物たちが「心地よく暮らしていくために必要なこと」を教えてくれるときだ。

理屈で説かれてもなかなか動かない、かたくなな心の扉も、自然を前にすると、あっけないほど簡単に「そういうことか」と腑に落ちる。

わたしは20代から30代にかけて、「もっと、もっと」と量をこなしながら、仕事での上昇を目指していた。

けれど40代以降は、本当にやりたいこと、今やるべきだと思う仕事にしぼり、一つ一つの質を高めて積み重ねていこうと考えるようになった。

そんな姿勢の変化に、日々の庭の観察がどこか深い部分で関係しているように思う。

そしてその方針は、今ではモノの持ち方や暮らし方全体にも及んでいるのだから、つくづく、庭が与えてくれたものは大きい。

作家プロフィール

小川奈緒(おがわなお)

エッセイスト、編集者

築47年の縁側つき和風住宅に暮らしながら、イラストレーターの夫・小池高弘と中学生の娘と暮らす。最新刊『すこやかなほうへ 今とこれからの暮らし方』(集英社)、近著『ただいま見直し中』(技術評論社)など著書多数。instagram:@nao_tabletalk

小池高弘(こいけたかひろ)

イラストレーター

のびやかで抜け感のある線画で、書籍や雑誌の挿画、オーダー作品などを手掛ける。小川奈緒との夫婦作品に『心地よさのありか』(パイ インターナショナル)、『家がおしえてくれること』(KADOKAWA)などがある。instagram:@takahiro_tabletalk

読み物カテゴリー一覧
ページトップへ