松野屋(まつのや)のナリタチ、カタチ。

1945年創業。東京の下町・馬喰町で70年続く卸問屋であり、現在は荒物を扱う雑貨店として知られる『暮らしの道具 松野屋』店主・松野弘さんにお話を伺いました。

2つの『14』

ヨーロッパも注目する、平成の荒物屋『松野屋』

「荒物」という言葉自体を近頃はあまり耳にしなくなりましたが、ほうきやざるやはたきなど、簡単なつくりの日用品ともいえる“働く道具”が、荒物です。荒物のある暮らしは、すこし前の日本では当たり前にみられた日常の風景でした。時代の変化とともに衰退しつつあった荒物雑貨が、再び注目を集めています。

松野さん 日本のものづくりのレベルの高さと信頼性が、国内だけでなく海外でも評価されるなか、丈夫で買いやすい昔ながらの荒物への関心も高まっているようです。パリ、ロンドン、スペイン、北欧、台湾、アメリカなどのセレクトショップからの注文も増えています。
民藝ブームも海外からの逆輸入のようなかたちで沸き起こっていますよね。民藝も人の手が生み出す日用品という意味では荒物と通じるところがありますが、荒物の価値は稀少性や計算された美しさ、おもしろさにあるのではなく、あくまで実用性にあります。素朴な美しさは求めた結果ではなく、図らずしてにじみでた副次的なもの。
あるがままの美しさを備えたいわゆる「用の美」をもつ荒物を、松野屋では「民衆的手工藝品」ではなく、より普通で多くの人々の日常に根ざした「民衆的手工業」から生まれる日用の道具と表現しています。長い年月をかけて培われてきた手工業製品には、買いやすい値段で、よい仕事をするものがたくさんあります。日常に使いやすく今の暮らしにちょうどよい道具たちとの出合いが、日々の生活を豊かに彩ってくれることを願っています。

(写真上から2枚目)松野屋が紹介された新聞記事を目にした読者より届いた手紙。絵手紙の教室を開いている方だそうで、全長3m近くはある巻物のよう。

(写真上から3枚目)松野屋店主3代目の松野さん。戦後すぐに先々代がはじめた店で扱っていた築地市場や蕎麦屋で使う集金鞄、銀行員の鞄、学生鞄などに幼い頃から影響を受けたそう。大きくなるにつれ民藝に興味を持ち、一方でアメ横にあった軍物のサープラスグッズに惹かれ、70年代にはアウトドア、ヘビーデューティー、Foxfireブックなど、アメリカものにも傾倒。つくり手になりたかったという思いもあり、20代前半は帆布の鞄の仕事をおぼえるために京都で4年ほど修行した経験ももつ。
「振り返ると、これまで興味をもってきたものの積み重ねが、いまの松野屋と荒物雑貨にいきついたのでは、とあらためて思います。無骨で頑丈、使うほどなじんで愛着が増し経年変化がたのしめる、ジーンズやキャンバストート、ワークブーツなどと共通している気がします。」

時をかけて愛されるアクセサリーを目指して

商品は匿名でいい。でも仕事は顔がみえる商いを

松野さん どこで誰がどんな材料でどんなふうに作っているのかを、きちんと自分の目で見て、知った上で商いを続けたいと思っています。

松野屋の店頭は、松野さん自身が日本各地、あるいは海外を歩き回って見つけてきた、人の手によって丹念につくられた商品であふれかえっています。荒物のつくり手は70歳80歳を過ぎ、90近くにもなるようなおじいさんやおばあさんが、何十年も続けている場合も少なくないといいます。

松野さん 農閑期に荒物づくりをしている農家の方もいますし、戦後すぐの時代は道具など必要なものは自分でつくっていたり、親がつくっているのを子供の頃にみたり手伝ったりしていたからと、第二の人生にものづくりをはじめる人もいます。また80代の方のところに一から習いに来る60代の方もいるそうです。
このようにつくられている荒物にブランド名はありません。商品はアノニマス(匿名)な存在でいい。ただ仕事は顔を合わせて、顔がみえる商いをやっていきたい。
各地でこんな仕事の継承の仕方が広がればいいなと、荒物問屋として地場産業を盛り立て、まずは需要を生み出すことも、私の大切な仕事のひとつと実感しています。

(写真上から1枚目)谷中銀座にある一般消費者向けの店舗『谷中 松野屋』。馬喰町の店舗は小売店向けの卸問屋なのでおでかけの際はご注意を。

(写真上から2枚目)「おたくが毎月注文をくれるから、この歳まで続けられて孫におこづかいやお祝いをやれて、毎日健康に暮らせる。ありがとう。」と言われたという松野さんは、「自らの技術でこんなに長く仕事を続けていける暮らしこそうらやましい。」

(写真下2枚)古いものが好きな松野さん。馬喰町のお店の奥にかけている時計はウン十年働き続けいまも現役。松野屋のなんでも知ってる?古時計。
リュックサックも30年以上前に『salewa』というヨーロッパメーカーのザックを見よう見まねでつくったお手製の年代物。いまも趣味の登山へ出かける際、奥様が愛用中だそう。本革はさすがにヒビ割れが目立つものの、帆布はほつれも破けもなし。

2つの『14』

鞄も使いやすく丈夫、シンプルであるべし

松野屋のヘビーデューティーを体現するアイテムといえるのが、オリジナル帆布鞄シリーズ『THREAD LINE(スレッドライン)』。20代の頃、京都の老舗帆布鞄メーカー『一澤帆布店』にて鞄づくりの修行に励んだ松野さんがスレッドラインすべての鞄をデザイン。シンプルで使いやすく丈夫なトートバッグやリュックサックを追求し、自身で描いた設計図をもとに、事務所に置いている愛用のミシンを自ら踏んでサンプルづくりまでこなしています。

松野さん サンプルができたら必ず自分で使ってみて、改良すべきところを修整してセカンドサンプルをつくる場合もあります。平面的なデザインだけでなく、自分できちんとカタチにしてから職人に渡すことが大事だと思っています。技術的にできることできないことを突っ込んだ話し合いができるから。

最終的な商品化には、この道50年の熟練の腕が不可欠。リュックサックやバッグ、スキーケースなどを製造するメーカーで修行後独立した、確かな腕を持つ職人へと受け渡され、松野さんの情熱と信念がこめられた丈夫で使い勝手のよい鞄は完成します。

――帆布生地についておしえてください。

松野さん 使ったり洗ったりを繰り返すほどに風合いが増す、純綿100%の岡山県産帆布を使っています。なかでも帆布らしい質感をもつコシと重厚感が特徴の8号や6号帆布を選んでいます。汚れたらタワシやブラシでごしごし洗えるので、生成り色はむしろ色落ちを心配することなく使えておすすめです。底の角などが擦り切れてしまったら修理も受けていますので、経年変化を楽しみながら、自分だけのオリジナルに育ってくれますよ。

(写真下から3枚目)持ち手と本体のつなぎ部分に鋲を打ち込んで補強したり、ポケットを二度縫いしたりして、多少手荒く扱ってもタフに受け止めてくれる安心感のあるつくり。丈夫で使い勝手がよく飽きのこないデザインは、毎日の生活に必要なものや重さのある道具などもまとめて入れて、どこへでも運べる鞄に。

(写真下から2枚目)登山も大好きな趣味人、松野さん。若い頃に出合ったヨーロッパの古いタイプのリュックサック(既出のザック)をイメージしながら、 デザインを崩すことなくサイドにファスナーを施すことで、中身を簡単に取り出せるようデザインされています。フラップにもファスナーを付けて物が入れられるようになど、タウンユースとしても使い勝手がよいようアレンジされています。 ベルトやパイピングにあしらったヌメ革は、使い続けることで色濃く変化していく様子もお楽しみ。

(写真一番下)松野さん愛用の道具と鞄に使われている鋲やナスカンなどのパーツ。京都での修行時代から使っているという道具も。

時をかけて愛されるアクセサリーを目指して

「生活者の眼差し」から生まれる“マイナスのデザイン”

“パチン”という、がまぐちでしか聞けない懐かしくてやさしい音に惹かれて、お財布やポーチとして使い続けている方も少なくないでしょうか。
30年ほど前から大阪でつくられているという牛革のがまぐちは、ろうけつ染めや型押し柄が多く、口金は金色。柄のないシンプルながまぐちはほとんどありませんでした。そこで松野屋は、口金は色調よく変色しにくいニッケルメッキに替え、牛革は無地でも色とりどりにバリエーションを用意。余分なデザインをなくした分、価格を安く、若い人も年配の人も幅広い世代や好みをもつ人が使える、シンプルだけど選ぶ楽しみのある松野屋ならではのがまぐちをつくりました。

松野さん 世代を特定してしまう横割りの商売でなく、多くの世代に対応できる縦割りといえる商売にこそ、荒物雑貨の強みがあるのだと思います。若い世代は荒物をみて「カワイイ」と言い、年配の人たちは懐かしく感じてくれる。そこへさらに、自分だったらこういうものを使いたいという「生活者の眼差し」も取り入れてみる。多くの人がシンプルを求めている時代に、いま市場にないものを求めていった結果、辿り着いたのが装飾を省くやり方でした。
デザインの力を決して否定はしないものの、松野屋としてはデザイナーの才能をさほど持ち合わせていないことが功を奏して“マイナスのデザイン”を進めている面があります。がまぐちも、マイナスのデザインをしている商品です。長い年月をかけて培われきた技術を使いながら、削ぎ落とした分の工賃=価格は安くなりモノはいい、という最高の商品。一般的に、はずれやすかったり壊れやすいといわれる口金も、長年にわたる改良を重ねてきているので、ちょっとやそっとのことではまず壊れません。

デザインの発想

面倒さを愛する、昔に帰る道具

シンプルで上等すぎず、修理ができて長く使える、道具として愛着がわく松野屋の傘。張り生地は丈夫でしなやかなコットン素材。持ち手には希少な寒竹を使い、天然素材だから出せる品のよい美しさは、差している佇まいはもちろん、閉じていても凛とした姿が絵になります。

東京・下町にある小さな工房で、熟練の職人たちの手によって大切につくられた古きよき味わい深い傘。ただ残念なことに、このような傘をつくる職人はどんどん少なくなり、現在国内で流通する傘の約90%が海外製、なかでもビニール傘の消費が年々拡大しているのはご承知の通り……。

松野さん 昔の日本はなかったゲリラ豪雨といった雨の降り方とか、環境変化の影響もあって仕方ないところもありますよね。そんな時代のなかでも、大量生産、大量消費、価格破壊の嵐が過ぎさり、使い捨てに対して嫌悪感を持つ人が世界中で多くなっているのを感じます。
壊れたら直す、一見面倒に思える昔の道具ですが、使ってみれば実は便利でエコロジーで、気持ちのよい道具であると気づいてもらえるはず。
女性が持ちやすい少し小振りなサイズ感と、軽さにも気を配っています。日傘としても使える晴雨兼用傘なので、夏場なんかは毎日のように持ち歩く方もいるでしょうしね。ちょっと気が重くなる雨の日やカンカン照りの日も、お気に入りの傘があるから外出が少したのしみになる、そんな存在になれたら幸いですね。

(写真下)持ち手の寒竹は雰囲気のよさとともに、節の凸凹が握るとちょうど指となじむという効果も。傘をまとめるストラップ部分と石突きという傘の先端も竹を使い、タッセルとともに爽やかなアクセントになっています。




おみやげをいただきました。オリジナルミラーとカタログを抽選で3名さまにプレゼント


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